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可能性と蓋然性

可能性というのは、0でない限り「ある」のです。

宇宙人がピラミッドをつくった可能性は?

「ゼロではない」とすれば可能性はあります。

可能性がゼロでないかぎり、それを仮説として披露することには問題が無い。


では、蓋然性、ここでは「確からしさ」の意味で用いますが、

その問題としてみればどうでしょう。

ピラミッドを宇宙人がつくったという確からしさは、

「ほとんどない」です。

蓋然性は、0パーセントと100パーセントの両方がないのです。

なので、0か100かは言えません。


「考古学は実証できるかできないか」

この命題に対する答えは、

完全なる実証については可能性がゼロです。

それは、天文学や歴史学もそうです。経済学も政治学も社会学も。

じつは学問の多くは、 完全な実証可能性はゼロ。


では、蓋然性としてはどうか。

蓋然性としての確からしさを追求する、

これが、そもそもの社会科学・人文科学の基本です。


しかし、蓋然性ですから、100パーセントの実証もできなければ、

100パーセントの反証、つまり0パーセントの断定もできない。


だから、実証可能性がゼロだと言っているうちは、

宇宙人説に対しては、

「可能性はゼロではない」としか言えない。


私は、実証しきることは不可能であっても、

あたかも実証できるものであるかのような追求こそが、

考古学の本質ではないかと考えます。



「実証しきることは不可能だが、蓋然性の著しく低いものは無視する」

私は、これです。

正確な円周率は使えないが、3.14で代用してしまう、

そのような態度でいいと思います。



可能性はゼロではない、これが蓋然性が高いというのとは別物です。

1パーセント未満であれば、そのような仮説は扱うに値しない、

そう言い切るべきです。


なぜ、そう言い切れないのか。

反証しきれないから、です。

そんなことを言っているうちは、

くそもみそも、というようなことです。


だいたい、証拠集めをして、現場検証をして、犯人を推定しようというときに

「彼が無罪である可能性はゼロではない」という検察がいるか、

ということです。


実証しきることが不可能、なんて、

考古学者が、いまさら世間に向けて発言するようなことではないし、

(だったら、裁判は無罪の可能性がゼロではない人間を裁いていると言うべき)

宇宙人がつくった可能性がゼロではないとは言わずに、

「これはファンタジー

と言っていればいいんだと思います。


http://archsurv.tumblr.com/page/2


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カラスの壁

ギザ台地の東側に「カラスの壁」と呼ばれる横長の壁があります。

同様に、最近になってスフィンクス神殿の東側にも横長の壁の遺構が見つかりました。

他にもいくつか横長の壁の遺構がありますが、

共通するのはピラミッド周壁と異なり、

①東側に

②ナイルに平行するように

③横長に

④それほど高くなく

存在するということです。



この壁が、「何を防いでいたのか」

ということが問題です。


水を防ぐ、などというのはナンセンスです。

軍事防衛上の壁とも思えません。

考えるにまず可能性のありそうなのは、

「砂」または「泥」です。



「砂か泥か」では違いがあります。

砂ならば、砂漠化に伴う砂による埋没を防ぐためです。

泥ならば、ナイル氾濫時の泥の侵入を防ぐためです。



これ、よく考えると、おかしいのです。

砂ならば、東からだけでなく、東西南北どこからでも吹き込みます。

ギザならば西側のほうが砂漠が広がっています。



では、カラスの壁は、ナイルが運ぶ泥を防ぐ役割があったのでしょうか?

ほんとに?


あんな途切れた壁で、ナイルの泥がどれだけ防げたでしょうか。

私なら堤をつくります。



壁が防いだものは何だったのか。




「人」です。


私が考えたのは、人なんです。



これより先には、バラックを建てて住むことまかりならぬ、

といった意味の境界ですね。


スラム化を恐れた王家が、目印を置いたのだと私は考えています。


どう考えても、人以外に、何も防げないのです。





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