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ピラミッドとは何か

私は、所謂「女王のピラミッド」というものは無かったと考えています。
ただし、それは王の配偶者としてのそれであって、自ら付け髭をつけ、王位を正式に継いだ場合は除きます。

では、主たるピラミッドのそばにある「衛星ピラミッド」とも呼ばれる小型ピラミッドは何であるのか。

それもまた、王のもの、だと考えています。

一人の王が、いくつものピラミッドを有するのです。

スネフェル王という好例があり、王が複数のピラミッドを有する例は存在します。


では、なぜ大小のピラミッドを作ったのでしょうか。

それは「セド祭」と関係しています。地域的にもピラミッドの建設の始まりにはメンフィス神学の影響を考えるのが適当です。

セド祭は「王位更新祭」とも訳される祭祀であり、在位中、複数回開催されます。

そのセド祭を区切れとして、ピラミッドが建設されるのです。

まずは、マスタバが造られます。

次に階段ピラミッドです。

その次は真正ピラミッド。

その後は高齢ですから、小型ピラミッドを。


ピラミッドが上エジプトにしかない理由 その2

ピラミッドは、「下エジプトには造らない」ことになっていたように思います。

王の宮殿及び行政施設は、ナイルデルタ南端のメンフィスまでです。

なぜなら、デルタ地帯は河がいくつもの支流に分かれるため、軍事、行政上、下エジプトのいかなる場所へのアクセスも良い場所に拠点を置くべきだからです。


次に、ナイル西岸は、高台となっており、ナイル河の氾濫原の面積は限定的で、農地としての利用価値に乏しい地帯でした。ピラミッド時代は今より砂漠化は進んでいませんでしたし、アスワンダムもありませんでしたが、大量に石を切り出していたことから、緑地帯としての利用価値の低い場所だったと思われます。

私は所謂ピラミッドタウンは町ではなく、作業員の休憩施設兼簡易宿泊所と考えており、周囲にインフラも発達していないことから、市街地としてもあまり魅力のない場所ではなかったかと思います。特にアブロワシュは、住むに適した場所ではありません。


上エジプト優位の荒れ地利用、ではなかったかと考えます。



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ピラミッドが上エジプトにしかない理由 その1

下エジプトには、まともなピラミッドが有りません。その理由として考えられるのは何かと考えてみました。

ひとつの理由は、石材に恵まれていなかったことです。でも、わざわざアスワン辺りからギザまで運んだりしていたわけですから、絶対的理由ではない。


2つめの理由は、地盤が弱いことです。デルタ地帯は洲ですから。しかし、全てがそうではない。だから、これまた絶対的理由ではない。


3つめの理由は、古い時代の王がたいがい上エジプト出身だったから。とはいえ、自分の出身地ではない場所にピラミッドを建設してますから、下エジプトに建ててもいいわけです。


4つめの理由は、そこがひとつの聖域だったから、ネクロポリスだったと。にしては、広すぎる。ネクロポリスが。


5つめは、信仰が異なること。ピラミッドは、メンフィス、サッカラ辺りの信仰地帯のものであった可能性があります。しかし、エレファンティネ辺りはだいぶ遠い。


どれも、理由としてしっくりきません。ピラミッドをラー信仰の具現とする説も根強くありますが、ピラミッドテキストを見てもいろいろ神々が登場しているのにラーだけを格別に扱おうというふしが見られない。


原初の丘だった、というのなら、ポコポコたくさん作ったら、神からすれば、原初っぽくない。


なぜナイル西岸なのか。なぜ北端がアブロワシュなのか。




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