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第15回 「奇妙な坑道 その2」 [大ピラミッド・井戸坑]

井戸坑でまず注目すべきは、

第4段階で下降通路の水平部分に接続していることです。

井戸坑は、第2段階で45の角度で掘り進められていたにも関わらず、

急に第3段階で角度を変更し、

第4段階では南ではなく東に進路を変えています。


300px-Kheops-coupe.jpg

↑ wikipediaより


こうした大きな変更は、

思い当たるふしがあります。

「地下の間の工事中止」

です。




もし井戸坑が、

地下の間の工事中止に伴ってルートを変更していたとすれば、

井戸坑は、




「地下の間に付属するもの」



だったということになります。






はたして、私は定規を取り出し、


45度で傾斜する第2段階の井戸坑にあてがってみました。


すると、井戸坑の先は・・・・・












地下の間の北壁に到達したのです!


玄室の壁に接続する細い坑道といえば、





「通気孔」




です。





井戸坑は、地下の間の通気孔として工事が進められていたのです。






ところが、地下の間の工事が中止されたことによって、


急遽、ルートが変更されたのです。




しかし、です。



地下の間の工事中止以降、なぜ井戸坑は放置されずに、

ルート変更してでも下降通路と水平通路に接続されたのでしょうか?



大ピラミッドの内部を封印したときの脱出口?

いいえ。その説は根強いものの、私はその説には否定的です。

(それは、いずれお話します)



考えられる可能性は、ただひとつ。


「当初とは別の必要が生まれたから」


です。



もちろん、人間が通るルートでないことは、明らかです。

井戸坑を通過することは、

単なる通路として考えると、

きわめて不愉快な経験です。


井戸坑は、またしても、通気孔として工事が続行されたのです。



しかし、今度は地下の間のためではありません。
 

それは、井戸坑の上部がどこに接続されたかを見ればわかります。



それは、



「水平通路と上昇通路の通気を確保するため」


だったのです。


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第14回 「奇妙な坑道  その1」 [大ピラミッド・井戸坑]

クフ王の大ピラミッドには、「王の間」「重量軽減の間」「大回廊」などに比べて、

あまり知られていない内部構造があります。



それは「井戸坑」と呼ばれる、何度も屈折した奇妙な竪坑です。

この井戸坑は、私のチャレンジにおける最初の難関でした。


internal%20features.jpg

↑ ”Well shaft” が井戸坑です。

http://www.ancient-wisdom.co.uk/Ghizaarchitecture.htm



大ピラミッドは、まったくの平らな基礎の上に建てられたのではなく、

ギザ台地の丘陵を抱き込んで建設されています。


それは、ピラミッドの土台を確固たるものにするためですが、

建設用資材と時間とを節約するためでもありました。






井戸坑は、その丘陵の上のほう、

さらに言えば、丘陵の頂上よりも若干低い部分から堀り始められました。

この井戸坑、どのように掘削されたのでしょうか?





井戸坑が堀り始められたのは、ピラミッド建設のかなり早い段階です。

調査や測量を除けば、

下降通路の掘削が大ピラミッド建設工事の端緒であったと考えられますが、

井戸坑は、その次くらいの着手であったことでしょう。


wellshaft.jpg

http://www.ancient-wisdom.co.uk/Ghizaarchitecture.htm


まず、第一段階で井戸坑は垂直に短く掘られました。




次の第二段階では、斜めに掘り進められています。

傾斜角はおよそ45度。

思い出してください。

下降通路は、「横に2つで縦1つ」という法則でおよそ26度の傾斜角で堀り進められていました。

井戸坑の第二段階は、

「横に1つで縦1つ」

という法則で45度の角度を保つように掘り進められたのです。





そして第三段階で、

井戸坑は上下の作業に分かれました。

上は、ピラミッドのブロックを積み上げる際、筒状に空間をあける作業で、

やや北に向かって延びる竪穴でした。

下は、なぜか進路の角度を変更しました。



第四段階では、

上は上昇通路・水平通路・大回廊の出会う重要な位置の床に垂直に接続されました。


下は、急に南に進路を変え、下降通路の水平部分に接続されました。




さて、最初に井戸坑を掘り始めたその周辺は、

現在「グロット(洞窟)」と呼ばれており、

坑道の脇のいびつな空間として認識されています。


grotto1018.jpg

http://www.egyptsearch.com/forums/ultimatebb.cgi?ubb=print_topic;f=8;t=003981



もし、探検を試みて井戸坑を最上部から降りてきた人がいたとすると、

突然妙な空間があらわれたことに驚くかもしれません。

しかし、グロットは、その上にピラミッドが積み上がったために

「坑道の途中に見える」

だけで、最初に堀り始められた丘の窪みが、そのまま残っているのです。




おそらく、その窪みは、

ブロックが丘の上に積みあがっていくときに、

作業員の待機場所として掘り広げられたのでしょう。



なぜなら、井戸坑内は狭く、岩盤を掘削する作業ができるのは、

一度に1人、せいぜい2人だったからです。

たった1人の作業は危険ですし、

交代要員や道具の交換などのサポート要員が必要です。


グロットは、そのために機能していたと思われます。


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