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第58回 「スフィンクスの意味が失われたとき」 [スフィンクス]

前々回、カルナック神殿の羊頭のスフィンクスをご紹介しました。

カルナック神殿の羊頭のスフィンクスは、

頭はアメン神をあらわす牡羊ですが、

体はライオンでした。

なぜ、体が「寝そべるライオンの姿」でなくてはならなかったのか。

それは、「RW」をあらわすヒエログリフを象っていたからです。


9_1296175198_amun-re-as-ramheaded-sphinx.jpg

http://www.travelpod.com/travel-blog-entries/kazbar212/9/1296175198/tpod.html#pbrowser/kazbar212/9/1296175198/filename=amun-re-as-ramheaded-sphinx.jpg


しかし、第25王朝のタハルカ王のときに作られた牡羊のアメン神像は、

体のすべてが牡羊でした。

下半身はライオンではなく、蹄がついた脚でしたし、

脚は前に伸ばすのではなく、

膝をついて折り曲げています。

牡羊そのものです。

egypt0711116.jpg

http://www.hitsuzi.jp/news/2007/11/1094sheep.html


こちらのスフィンクスは紀元前690~664年ごろですから、

ギザの大スフィンクスからは3800年ほど時間が経過しています。



カルナック神殿の造営は第18王朝からで、

第一搭門完成はラムセス2世以降ですから、

羊頭のスフィンクスは、

紀元前1200年代くらいでしょうか。



すると、ハウロン(名前を像として彫ったもの)としてスフィンクスを

意識できていたのは、

紀元前13世紀から紀元前7世紀までのことで、

この間に、スフィンクスの意味や本当の名前が

失われたのかもしれません。



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第56回 「羊頭のスフィンクス」 [スフィンクス]

カルナック神殿の西側入口の手前は、

船着場と短いスフィンクス参道でつながっています。

両脇に並んだスフィンクスは、

人の頭ではなく、

羊の頭をしています。




なぜ羊の頭をしているかというと、

カルナック神殿のメインであるアメン大神殿の

アメン神を表しているからだと言われています。


アメン神は、しばしば両脇の角が丸まった牡牛として

表現されます。



さて、ここで問題なのは、

下半身ライオン

だということです。


アメン神はたしかに羊で表現されますが、

下半身がライオン、

などということはありません。


つまり、ライオンの体であることに、

何らかの意味があるはずなのです。


私の仮説では、

「スフィンクスは、ヒエログリフを組み合わせた像であり、

その意味は『正面出入口』である」

ということになっています。

(スフィンクス編をご覧ください)



下半身の寝そべったライオンは、

「RWTY(ルーティ)」

であり、「出入口」を示します。


しかし、今回は「正面」ではなく「アメン神」です。

なぜでしょうか?



カルナック神殿は、複合施設で、

メインはアメン大神殿ですが、

他にも

コンス神殿、オペト神殿、プタハ神殿、ラムセス3世神殿、

トトメス3世祝祭殿、アメンヘテプ2世祝祭殿、

などの小神殿があり、さらに

南のメンチュ神殿、ルクソール神殿などと

他のスフィンクス参道でつながっています。



つまり、「いろんな入口があった」のです。

羊頭のスフィンクスが並ぶ入口は、

第一搭門の、いかにもアメン神殿の入口といった趣の場所です。



他のスフィンクス参道と差をつけるため、

「アメン神殿出入口」

という意味を持たせたのでしょう。



5.jpg

http://egyptguruguru.ninja-web.net/complete/luxsor/karnak/1st%20pylon.html



↓ カルナック神殿の見取り図

karnak-map.jpg

http://www.pu3.fiberbit.net/pharaoh/karnak01.htm



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第45回 「再びスフィンクスについて その3」 [スフィンクス]

スフィンクスの前にあるスフィンクス神殿の中庭の周囲は、

24本の花崗岩の角柱が立ち、

カフラー王の彫像10体が並んでいたと考えられています。




この中庭は、カフラー王のピラミッドの前にある

「カフラー王の葬祭神殿」とよく似ていることで知られています。


葬祭神殿の中庭も、花崗岩の列柱が並び、

柱の前には12体の彫像が並んでいたと考えられています。



ヘルベルト・リッケは、
スフィンクス神殿の24本の柱は、24時間を表し、

彫像は10体ではなく12体で、昼か夜の12時間、

または12か月を象徴していたと解釈しました。

しかし、私には別の解釈があります。


そのためにはまず、メンカウラー王の河岸神殿を見なくてはなりません。
ここでは、美しい「トライアド(三体像)」と呼ばれる彫像が発見されています。


トライアドのひとつは、中央にメンカウラー王、
向かって左にハトホル女神、

向かって右にノモス(州のような行政単位)の標章のついた女性の立像です。


こうしたトライアドは、複数存在しており、おそらく各ノモスから贈られたものでしょう。


さて、カフラー王に戻ります。


私は、カフラー王の葬祭神殿12体とスフィンクス神殿10体、


足して22体は、



「ノモスから贈られた彫像の数」


に一致すると見ています。


エジプトのノモスが確定したのは古代後期ですが、


上エジプトでは第5王朝では既にノモスの数が確定していたとみられ、

その数は、






22


なのです。



ちなみに、河岸神殿の広間の彫像は、

23体あったと言われています。


この数をどう解釈するかは、

まだ分かりません。

でも、彫像は各ノモスから贈られたもの、という考えは変わりません。


スフィンクス神殿が、河岸神殿としてつくられたということも。



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第44回 「再びスフィンクスについて その2」 [スフィンクス]

スフィンクス周壁(エンクロージャー・ウォール)の南壁といえば、

グラハム・ハンコックの本で有名になった

「水によって浸食されたものらしき縦の筋」

が見られる壁です。




くだんの本があまりに売れてしまったため、

あちこちで否定するための調査や仮説の発表がありました。

塩と結露によるものという説明もありました。

しかし、北側の壁がほぼ無傷状態なので、

その説明もいまひとつです。



私が今回着目するのは、

この南の壁の最大の亀裂部分です。

southwalleast1.jpg



スフィンクスの台座となっているテラスには、

ここから水が流れたとおぼしき浸食の跡があります。



”erosion channel”

浸食された水路


最大の亀裂からスフィンクス神殿に向かって、

水が浸食したらしき跡があります。



地下水が、神殿に向かって流れたらしき跡です。



fig_1.jpg


↑ 最大の亀裂から浸食された水路の跡がスフィンクス神殿に向かっています。


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第43回 「再びスフィンクスについて その1」 [スフィンクス]

「スフィンクス」、

「スフィンクス神殿」、

「カフラー王の河岸神殿」

この3つが建てられたら順番を考えたいと思います。


トーマスアイグナーによれば、

スフィンクス神殿も河岸神殿も、

どちらもスフィンクス周辺からブロックが採石されています。

スフィンクス神殿はスフィンクスの胸より下の層、

河岸神殿は身体の上の層から採石されており、

時期的には、自然に考えて、

「河岸神殿の方がスフィンクス神殿より先につくられた」

と考えられるかもしれません。



しかし、地層は水平ではなく、傾斜しています。

しかも、ピラミッド建設によって採石されているので、

下の層が露出していて、下の層の石を先に使ったとしても、

も全くおかしくありません。





着目すべき点は、

スフィンクス神殿と河岸神殿の間の通廊(corridor)です。

スフィンクス神殿側の壁(南壁)の奥を見てみると、

北壁に比べて薄くなっていることがわかります。

「後から削られた」

のです。



sphinxsite1.jpg



もし、削られていなければ、2つの神殿の間を通過してスフィンクの

テラスに出る通路は、だいぶ狭くなっていたはずです。

いっぽうの河岸神殿の通廊側の壁(.北壁)は、

明らかに斜めになっています。

スフィンクス神殿は、当初長方形であり、

河岸神殿は北壁が斜めであった、

とすると、

順序からして、スフィンクス神殿の方が先になります。


そしてスフィンクス本体は、河岸神殿より後に完成したと見るべきでしょう。






順序は

①スフィンクス神殿

②河岸神殿とスフィンクス



となります。


スフィンクス神殿は、コアの石灰岩だけで、

化粧石を施されていないことから、未完成だったと考えられています。

スフィンクス神殿を未完成のままに、

河岸神殿を完成させ、

それからスフィンクスを完成させたことになります。

つまり、スフィンクス神殿は、スフィンクスのための神殿ではなく、






「失敗した河岸神殿」



だったのです。





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特別編 第11回 「スフィンクスの謎 ~失われた名前・その6~」 [スフィンクス]

【本当の名前】

ラムセス2世のハウロンは、

神・子ども・スゲ科の植物の三つを合わせた彫像でした。

では、スフィンクスはいったい何のハウロンなのでしょう?


私はまず、発音を考えることにしました。

胴体は、はっきりとしています。

横たわったライオンのヒエログリフです。

発音は「RW」です。




問題は頭部です。

スフィンクスと同じネメス頭巾をかぶった頭部のヒエログリフは

存在していません。

しかし、単純に頭部を表すヒエログリフなら、存在しています。

それは、正面を向いた人の首を表したヒエログリフで、

発音は「HR」です。




これでスフィンクスの本当の名前の候補が分かりました。


スフィンクスの本当の名前は、もしかすると、


「ヘルウ(HRRW)」


かもしれない、私はまずそう考えました。





ここで、疑問を持たれる方がいらっしゃるかもしれません。

普通の人間の頭部を表すHRで良いのかと。

スフィンクスの頭部は、頭部のウラエウス(蛇)やネメス頭巾を見ても、

明らかに王の頭です。




しかし、心配はご無用です。

スフィンクスは、その点を計算に入れて造られた、

洒落の効いたハウロンなのです。

実は、








「王」を表すヒエログリフもまた、「HR」なのです!


日本語でHRは「ホル」と発音されますが、

ヒエログリフ一般では母音は通常E音で補うため、

ここでは「ホル」ではなく、「ヘル」としました)





では、「ヘルウ」の意味は、何でしょうか?

頭部は「正面」という意味と、

「王」という意味が掛け合わされています。



問題は、ライオンの胴体のほうです。

ヒエログリフ辞典では、RW単独では、

ふさわしい意味が見つけられませんでしたが、

「これは?」と思うものを探し当てることができました。






それは、とてもとても古代エジプト人を身近に感じることができる発見でした。

伏せるライオン+口の形+葦の穂の形が二本(発音はY音)

+パンの形(発音はT音)+家を表す決定詞で


「RWYT」、



それはgateway


つまり、








「入口」



を表すのです。





しかし、RWの次に続くYTが分かりません。



T(パンの形)は、女性名詞の語尾につくものとして知られていますが、

Yが分かりませんでした。

もし、このYとTが逆で「RWTY(ルーティ)」であれば、まだ理解のしようがあるのです。

名詞に「TY」がつく場合、それは「両数」を表します。

「両数」とは、靴や耳など、二つで一組となる名詞の数です。

ただ、辞書では「RWYT」として載っており、私は、「Yの謎」で先に進めなくなりました。





そんなときです。

私は、「ルーティ」「スフィンクス」など、

思いつくままに文字を入れてインターネットを検索していました。

すると、衝撃のホームページを引き当てたのです。

それは、http://www23.tok2.com/home/youda/

『スフィンクスの謎を解く~象徴分析からのアプローチ』です。




私は、以前にもこのホームページをどこかで見かけていたのですが、

私は、その一部を見て、このホームページが重要なものではない、と判断してしまっていました。

私が、そう思ってしまったのは、

ファラオの肖像とスフィンクスの顔を比べる写真があったせいです。

私は、スフィンクスがクフ王にもカフラー王にも似せたものではないと考えていたので、

まったく興味を持たずにいました。

しかし、それは、とんでもない勘違いでした。

このホームページをスクロールしていると、なんと、例の写真が現れたではありませんか!

それは、

「ラムセス2世のハウロン」

です。

私は、ざっとこのホームページを見て、

かつてないほどドキドキしていました。

私の発見と思っていたものが、すでに他人のものである可能性が出てきたからです。

結論から言うと、私の発見とは異なった内容で安心しました。




そして、私は、このサイトから重大なヒントを受け取ることができたのです。



このホームページは「暗号表記法とスフィンクスの謎」という題で、

私と同様に西村氏のホームページをなぞるように、

ラムセス2世のハウロンを解説しています。

この点では、完全に私は、先を越されていました。

スフィンクスと、ラムセス2世のハウロンの共通性に最初に気がついたのは、

私ではないことは明らかです。



さて、このホームページでは、

S=ハッサンの著書『スフィンクスの秘密』(私は未見)などを参考にして書かれており、

ヒエログリフを元に謎めいた像の暗号解読にチャレンジしています。

このホームページの著者は、ハウロンの共通性にまで到達しながら、

なぜか、宗教的な解釈に向かってしまっていました。

この著者は、私に、大変大きなヒントまで与えてくれました。

それは、

「『ルーティ』に関するヒント」

です。





このホームページは、S=ハッサン著『スフィンクスの秘密』からの引用として、

つぎのような内容を掲載していました。

すなわち、第6王朝時代の王であるペピ2世のピラミッド・テキストの中に、





「王はルウティの前に導かれ、アトゥムに紹介される」



という一文が出てくるようなのです。



S=ハッサンは、「RWTY」の「TY」がライオンの両数を表すことから、

これを「双頭のライオン」と解釈したようです。

そして、なぜか双頭のライオンが大スフィンクスを指す、と考えたようなのです。





私は、これを読んで、すぐに行動に出ました。

私は、例のヒエログリフ辞典で「RWTY」を検索したのです。

その手があることを忘れていました。

私は、なぜ、先にこれを行わなかったのでしょう。

すぐに出てきました。

果たして「RWTY」の意味は、




「gateway」


でした。





私は、小躍りしたくなりました。


「RWYT」も「RWTY」も、どちらも「入口」を表していたのです。





おそらく、「RWYT」は、「RWTY」の表記の読み違えだったのかもしれません。


やはり、「TY」は、「両数」を表すマーカーだったのです。




スフィンクスの4千年間失われていた名前、

本当の名前は、














「ヘルウティ(HRRWTY)」




です。



それにしても、疑問は残ります。

なぜ、「gateway」に両数がつくのでしょう?

私は、さらにしばらく悩みました。

なぜ、入口は両数なのだろう?

私は、こんなふうに思いました。




「入口と出口だったら、一組なのに」


と。



それだ!



私は、「gateway」を「入口」と訳しました。

だから、分からなくなったのです。

「入口」は、正確には「エントランス」です。

古代エジプトでは、ゲートウエイのことを、



「エントランス(入口)とイグズィット(出口)がセットになったもの」


と考えていたのです。





古代エジプトでは、ゲートウエイは二つなのです。

これで、スッキリしました。

もう一度言います。





大スフィンクスは、カフラー王の時代に造られ、その名は「ヘルウティ」です。



その意味するところは、






「正面出入口」

です。



スフィンクスは、もともと河岸神殿の手前の参道となるはずでした。

ところが、地下水の浸水によって河岸神殿の場所と参道ルートが変更され、

参道としては使われなくなりました。

そこで、意匠を施し、参拝ルートを示して他の場所からの接近を禁じるため、

同時に神域としての結界を示すランドマークとして、

彫り出されることになりました。

それが、


「スフィンクスの真実の姿」

だったのです。

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特別編 第10回 「スフィンクスの謎 ~その5~」 [スフィンクス]

【アブ・ル・ハウル】

大スフィンクスがヒエログリフを体言した存在であることに対し、

強い確信を抱くようになった私には、

さらに思い当たることがもうひとつありました。




スフィンクスは、アラビア語で何と呼ばれているか。

それは、とても驚くべき符合なのです。

スフィンクスは、アラビア語のエジプト方言で、




「アブ・ル・ハウル」



と言うのです。




その意味は、「恐怖の父」です。





たしかに、異様な巨像は恐怖を感じさせるのかもしれませんが、

アラビア人が、エジプト人の呼び名を

継承していたとしたらどうでしょう?





その場合は、「恐怖の父」という意味ではなく、




「ハウルの父」



すなわち、いくつも存在するハウロンの中で

代表的な地位を占めるハウロンを示していたことになります。



私たちが、かのスフィンクスを「大スフィンクス」と呼ぶようなもです。




スフィンクスの呼び名は、完全に失われたのではなく、一部は




「アラブ人に受け継がれていた」



のではないでしょうか?







「ハウロン」とは、

スフィンクスそのものの固有名詞ではなく、

一般名称に違いない。

私は、この考えに身震いしました。





私は予感したのです。



「スフィンクスの本当の名前」がきっと分かるはずだ」


と。

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特別編 第9回 「スフィンクスの謎 ~失われた名前・その4~」 [スフィンクス]

私は、興奮していました。

私は、一気にいろんなことに気づいたのです。



西村氏のホームページは、

エジプト学やヒエログリフ学に対する情熱が注ぎ込まれています。

氏のホームページの中で、私は、



「もう一つのハウロン」


を目にしていたのです。




それは、アメンヘテプ2世の変わった彫像でした。







彫像は、大きなハヤブサが植物を手にした小さな子どもを抱いています。



これは、暗号表記です。



西村氏の解説によれば、


ハヤブサはハウロン神であり、神、すなわち「ラー」を表しており、

子どもは「産む」を意味する「メス」、

子どもが手にしている植物は上エジプトを象徴するスゲ科の「スー」を表している。

これをつなげると「ラー・メス・スー」、

すなわち「ラムセス」の名になる、

というのです。







私には、もう分かっていました。


ハウロンは、ハヤブサを指しているのではありません。


ハウロンは、














「その像全体を指していた」






のです。



「ハウロン神は、時に半身ライオンのスフィンクスの形、

時にハヤブサの形をしている」


と説明されることがあります。


しかし、私には、その説明が不自然に感じられます。

ハヤブサは、一般的に「ホルス(ホル)」

またはホルスと習合した「ラー」などを指しています。

ラーを指しているという指摘は理解できますが、

ハヤブサが「ハウロン」であるというのは、無理があるように思えます。



この像は、おそらくずっと「ハウロン」だと伝えられてきたのでしょう。

だから、現代人は、ハヤブサがハウロンという神だと思い込んだ。

しかし、ハウロンとは、







この像全体




だったのです。




つまり、「ある名前を体現した彫刻」が

「ハウロン」とかつて呼ばれていたのです。





私は、ハウロンは、シリアから来た神の名前ではないと確信しています。

むしろ、エジプトからシリアに伝わったのです。

後世になって砂漠の中に埋もれた巨大な怪物としてのスフィンクスが

伝わったものなのです。




しかし、第4王朝時代のスフィンクスは、

砂漠の神とは何の関係もありません。

怪物でもありません。





スフィンクスは、巨大な「ハウロン」だったのです。




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特別編 第8回 「スフィンクスの謎 ~失われた名前・その3~」 [スフィンクス]

【ハウロン】

では、スフィンクスの「本当の名前」は、何だったのでしょう?

スフィンクスは、新王国第18王朝時代に表面を

石灰岩で補修され、

彩色までされたようです。

北側(スフィンクスに向かって右側)には、

アメンヘテプ2世によって新しい神殿が造られました。

スフィンクスの前には第4王朝の神殿があったはずですが、

おそらく元々あった神殿が崩壊していたので、

新しく造ることになったのでしょう。

スフィンクスは、第18王朝の王たちによって再び蘇ったのです。




さて、私は、奈良大学の西村洋子氏のホームページ

『古代エジプト史料館』

(日本の古代エジプト史関係でもっとも重要なサイトのひとつ)

から、たいへん有用な示唆を受けました。



その新しい神殿の中には、

大スフィンクスを指す言葉として






「ハウロン」




という表記が見つかったというのです。




この「ハウロン」は、

シリア地方から新王国時代にエジプトに入ってきた

外来の神であると言われています。

ハウロンは砂漠の神であり、

砂漠の砂に埋もれた大スフィンクスが同一視されたと考えられているようです。




私は、外国のホームページ

「Pharaonic Egypt」

において、ハウロンのヒエログリフを確認しました。

アルファベットに置き換えると、

「HWRW」となっていました。



実際のヒエログリフには、Nにあたる表記はないようで、

「ハウラウ」とでも発音するのでしょうか?

「R」の部分には、腹を地につけて伏せるライオンの姿の文字が使われています。



伏せるライオンは、アルファベットでは「R」であり、

横長の楕円は「W」です。

「RW」の発音は「ラウ」です

(古エジプト語には、「L」と「R」の違いがなく、「L」と考えても良い)。



この伏せるライオンのヒエログリフは、

発音すれば「R」または「L」の音を持つことになるのですが、

古エジプト語の表記には、

「決定詞」という発音しない文字が存在しています。

同じ音を持つ単語どうしを区別するため、

単語の属性をあらわす文字が用いられるのです。

伏せるライオンの文字は、子音にも使われるし、決定詞にも使われます。

つまり、横たわったライオンの文字が

子音であったならば「ハウラウ」になりますが、

もしも決定詞だとしたら、「ハウラウ」ではなく、「ハウ」になるのです。






実際、最新のマーク=ヴィガスのインターネット上のヒエログリフ辞典

http://renfield.physics.utah.edu/wiki/images/d/d1/Pdf_dictionary.pdf

においては決定詞として扱われ、

「HW(ハウ)」と表記されています。



意味は「スフィンクス」です。





伏せるライオンのヒエログリフは、果たして決定詞でしょうか、

それとも発音を伴うものなのでしょうか?




「Pharaonic Egypt」では、

横たわるライオンの下に

口を表す碁石を横から見たような横長の楕円形のヒエログリフがあります。



ヒエログリフの文法を調べてみると、これは、Wの発音をもつもので、

日本語の送り仮名のような役割になるそうです。

これがつくものは、決定詞ではなく、

実際に発音する子音となる可能性が高いです。




この場合は、口を表すヒエログリフがRの音を

横たわるライオンのヒエログリフから引き出しているので、

「RW」と発音することになります。



ここへ来て、私は、分けが分からなくなりました。

まず、ハウロンのNの文字が見当たらないのです。

本来であれば、Nを表す「さざ波」の形をしたヒエログリフが

最後に入るはずなのです。

しかし、インターネット上では、ついに発見できませんでした。




次に、横たわるライオンの文字が、

なぜか「Pharaonic Egypt」では決定詞ではなかったということです。

いかにもスフィンクスの決定詞としてふさわしいのに、

なぜ発音することになってしまうのか。

私は少々行き詰まっていました。




「ハウ」または「ハウロン」は、

単なる外来語だったのでしょうか?



私は、ハウロンが外国から来た神の名前であるという通説に対し、

疑問を感じるようになっていました。

私には、



「ある確信」


が芽生えていたのです。





「ハウロンには、エジプト語の意味があるに違いない」


私は、そう思っていました。
 


マーク=ウィガスのヒエログリフで、

私はさっそく「HW」を調べてみました。





そこには、いちばん先に「(ritual)chisel」というのが出てきます。

ritualは「儀式的な」、

chiselは工具の「のみ」です。




私は、この時点で閃くものを感じていました。

私は、今度はchiselを英和辞典で調べてみました。

すると、予想どおりの答えが出てきたのです!





chiselは、「のみ」だけでなく、あるものも指していました。



それは、








「彫刻した」




という意味なのです。





ヒエログリフ辞典は名詞として掲載されていましたが、

形容動詞的な使われ方をされていたと私は考えました。




このことを知って以来、

私は、「ハウロン」という名前の意味を解読できると感じていました。

ハウロンには、たしかに意味があるはずなのです。





しかし、後ろ半分の「RN」の意味を掴みかねていました。



HWがchiselであれば、続くヒエログリフは決定詞ではない。

つまり、意味を持つはずです。

しかし、横たわるライオンのヒエログリフと口を表すヒエログリフの組み合わせのRWでは、

しっくりきません。








そんなとき、ふとあることに気がつきました。
 





それは、前述の西村氏のホームページ

『古代エジプト史料館』を見ている時のことです。

そこには、中期エジプト語ではありますが、

日本語で書かれたホームページの中では、

もっとも詳しいエジプト語文法の解説が載っていたので、

私は、一生懸命読み込んでいたところでした。





すると、その中に、さりげなく、こんな表記があったのです。





 rn 「名前」










私は、瞬間気づきました。







ヒエログリフでr音を持つのは、横たわったライオンだけではありません。

口の形をしたヒエログリフもrなのでした。

この口の形をしたヒエログリフrに、さざ波の形をしたヒエログリフnを加えると、「RN」になり、

その意味は、




「名前」



となるのです。私は、ライオンにこだわりすぎていました。


「ハウロン」とは、










「名前を彫刻したもの」




という意味だったのです!


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特別編 第7回 「スフィンクスの謎 ~失われた名前・その2~」 [スフィンクス]

【夢の碑文】

現在は崩壊した跡しか残っていませんが、

スフィンクスの手前には、「スフィンクス神殿」がありました。

最近の調査では、スフィンクス神殿に使われた石が

スフィンクス周辺の石灰岩と同じであることがわかり、

神殿は大スフィンクスとほぼ同時に造られたと考えられています。

古王国第4王朝時代のことです。




その後、いつしかスフィンクスの身体は砂漠の砂の中に埋まり、

砂上に頭部を晒していました。

ただ、古い巡礼地のひとつではあったようです。




ある日、一人の王子が狩猟の際にここを訪れました。

王子はスフィンクスの傍で眠ってしまいました。

すると、スフィンクスが夢の中にあらわれ、





「われを砂の中より掘り出せ。さすれば汝を王にしよう」



と告げました。



王子は、預言に従ってスフィンクスを砂の中から掘り出しました。

すると予言どおり、

王子は王となったのです。

その王こそ「トトメス4世」です。


(トトメス4世は、新王国第18王朝の王。

在位は紀元前1419年から1386年と言われているが異説あり)




この逸話は、

スフィンクスの前足の間に設置された




「夢の碑文」



と呼ばれるステラ(石碑)に記されていました。





このトトメス4世の夢の中で、スフィンクスは、自らをこう名乗っています。




「わが名は『ホル・エム・アケト・ケプリ・ラー・アトゥム』」






太陽神は、

地平線上では「ホルエムアケト」、

朝には「ケブリ」、

昼には「ラー」、

夜には「アトゥム」になるのです。




つまり、


「『ホルエムアケト』は省略された名前だった」


のです。






ホルエムアケトの名は、

正確には「ホル・エム・アケト・ケプリ・ラー・アトゥム」であり、

いわば


「地平線上・朝・昼・夜のホルス」

なのです。



地平線上だけではなかったのです。




「地平線上のホルス」ではなく、

「地平線上・朝・昼・夜のホルス」だったとすれば、

「クフの地平線」という名前の大ピラミッドとの関連性は、

一歩後退したものと考えなくてはならないでしょう。



また、第4王朝は、

「ジェドエフラー」「カフラー」「メンカウラー」などの王族の名で分かるように、

「ラー」を至上神(唯一神ではない)とする考え方が主流でしたから、

太陽神を形態ごとに分ける発想があったかどうかは疑問です。




「ホル・エム・アケト・ケプリ・ラー・アトゥム」の名前の中では

「ラー」は単なる「昼の太陽神」でしかなくなっているからです。





ちなみに「アメンヘテプ」などの王族の名の由来である

「アメン神」もまた太陽神です。





どうやら、「ホル・エム・アケト・ケプリ・ラー・アトゥム」は、

当時の至上神である「アメン神」を敢えて含まない太陽神であり、

その辺りにアメンヘテプ2世やトトメス4世の狙いが

あったのではないかと考えさせられます。




したがって、第4王朝において、

スフィンクスが「ホルエムアケト」という名であったとは言えず、

その名をもってクフ王のピラミッドとの関連性

を積極的に主張することはできない、

と私は考えました。

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