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王の間はなぜ造られたのか・その4 [大ピラミッド・王の間]

王の間の花崗岩ブロックが削り出されたのは、地下の間建設が断念された直後くらいのことです。

でなければ、間に合いません。ギザで女王の間とは名ばかりの第2玄室が造られている間に、花崗岩ブロックは準備されていました。


運ぶのも一苦労だったはずです。それだけでも国家的プロジェクトです。

なのに、現場には伝わっていませんでした。伝わっていたなら、もっとコンパクトになるように現場からメッセージが送られたはずです。


贈った方も贈られたほうも、双方痛み分けという、壮大な労力の無駄使い…。


に見えるのですが、富の分配と工業技術の進展という観点から見れば、結果的には得をしたのです。


今日のエジプト観光の半分を稼ぎ出しているわけですし。


さて、その王の間ですが、王の石棺のサイズが、僅かに入口よりも大きいのです。


つまり、入口から入れたのではない、ということです。

まだ天井で塞ぐ前に、上から入れたのです。


もちろん、大変貴重なものですから、入れたのは、天井で塞がれる直前です。壁が出来てからですね。


「ゴト。」


降ろされた石棺が、王の間の床に降りたときの音は、きっと、小さかったのです。


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王の間はなぜ造られたのか・その2 [大ピラミッド・王の間]

王の間の真上にある重量軽減の間に使われた石は、王の間と同じ赤色花崗岩です。


長らく重量軽減の間の目的は今もって不明のままです。


重量軽減軽減の間を造っている赤色花崗岩には、「ある特徴」があります。

直方体の形をした柱状の赤色花崗岩ブロックは、六面体ですが、一面のみ、表面仕上げがなされていません。


重量軽減の間の各層を形成する赤色花崗岩ブロックは、平らで滑らかな面を下にし、上部に荒い面が向けられています。


これは、この花崗岩ブロックが何のために仕上げられたかを示しています。このブロック、


「内装材」


です。


だから、内側に面していない裏側は未形成で良かったのです。


内装材加工がなされた百本の赤色花崗岩ブロックは、なぜ重量軽減の間という名ばかりの人が入ることを想定していない部屋に、積まれたのでしょうか。


ワイズマン仮説では、こういう見解です。


「余った」



のです。



実は、王の間の寸法は、地下の間の寸法に近いものがあります。おそらく、地下の間の建設が中止となり、代わりの石材として届けられたのでしょう。



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王の間はなぜ造られたのか・その1 [大ピラミッド・王の間]


建造の秘密編に戻ります。



大ピラミッドの王の間は、なぜ造られたのでしょうか?

女王の間と呼ばれる第二の玄室が完成間近であったにも拘らず。



私が着目したのは、王の間の材質です。

女王の間と王の間の決定的な差は、材質です。

王の間は、「赤色花崗岩」の長いブロックで造られているのです。



赤色花崗岩といえば、上エジプトのアスワン産のものに限ります。

ピラミッドで大量に使われた石灰岩に比べ、

花崗岩は、きわめて高価な部材です。

硬度が全く異なり、加工にかかる手間が圧倒的に異なります。

花崗岩の加工品は、石灰岩など足元にも及ばないのです。



以前にも書いたと思いますが、

王の間にある赤色花崗岩の石棺を「粗末だ」と表現している人も

少なからずいるようですが、

そのような方々は、目が曇っています。

ツタンカーメンのマスクのほうが、よほどお手軽に造ることができたはずです。

観光客が中に入って写真をとることができるようになっているなど、

私には理解しがたいことです。

クフ王の石棺は、ミロのヴィーナスと同等かそれ以上の、

古代の職人の技術水準の高さを示す

「世界遺産」

なのです。

ピラミッドは、世界遺産の中の世界遺産ですが、

クフ王の石棺だけで、世界遺産に指定していいほどなのです。



この、赤色花崗岩ブロックが、王の間と、その上の重量軽減の間と、

合わせて百本使われています。

百本!

当時ですと、気が遠くなるほどの贅沢さです。



この赤色花崗岩の使用こそ、王の間の秘密そのものなのです。




では、王の間がなぜ造られたのか。

ワイズマン仮説を披露いたします。


第二玄室(女王の間)建設もいよいよ佳境に入ったころ、

大ピラミッドの建設者たちは、王の石棺の到着を待っていました。

アスワンから届くはずの、最高級の石棺です。

わざわざ、東側から石棺を入れる専用の通路まで造って、

第二玄室は完成まであと一歩のところまできていました。




そこに、ようやくアスワンから、見事な赤色花崗岩の石棺が到着しました。

大船団で。

大船団?

到着したのは、石棺だけではありませんでした。

上エジプトのノモスは、密かに新たな玄室建設用に、

プレ加工済みの百本の赤色花崗岩ブロックを贈ってよこしたのです。



唖然、とはこのことです。

第一玄室が地下水の浸水で工事中止に追い込まれ、

第二玄室がつつがなく工事終了に向かっていたとき、

突然、超高級建材百本が突然持ち込まれたのです。



建設チームの幹部たちは、

しばし呆然と、立ち尽くしていた、



そんな場面が浮かびます。

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第47回 「王の間の花崗岩は高価なもの」 [大ピラミッド・王の間]

王の間全体、そして王の石棺をつくっている赤色花崗岩は、

アスワンの採石場から運ばれてきたものと考えられます。

それは、アスワンが赤色花崗岩の一大産地であったからです。



花崗岩は、大ピラミッドの大半を占める石材である

石灰岩に比べて、相当に硬く、重い石材です。

したがって、この石材を運搬・加工するには、

大きな労力と技術が必要でした。



つまり、王の間と石棺の外観が質素に見えたとしても、

それは、私たち現代人の感覚に過ぎないのです。

大ピラミッドの王の間は、

「とんでもない巨費をかけた贅沢の間」

だったのです。



根拠もないジョークのような話として、

ツタンカーメンの黄金のマスクの価値が

300兆円だという試算があります。

もし、それが真実であれば、

クフ王の石棺の価値は600兆円以上かもしれません。



私は以前から、観光客がべたべた触れる場所に、

なぜ石棺を放置しているのか、理解ができずにいます。

あの石棺は、一枚岩をくり抜いたものなのです。

石英の粉を使った金属製(青銅製?)の丸いのこぎりで、

気の遠くなるほどの時間をかけて何本も円柱状に抜いていったという

説があります。



ウナス王の玄室にはピラミッド・テキストが彫り込まれ、

王家の谷の新王国の王たちの玄室はカラフルな絵や文字が彩色されています。

しかし、そうした手間を、大ピラミッドの王の玄室は、

はるかに上回っています。

少し先のことになりますが、

いずれ王の間の建設方法について取り上げたいと思いますが、

「驚愕」の一言です。



大ピラミッドの王の間の玄室は、

当時最高の技術が投入された、非常に価値の高いものでした。

とくに、王の石棺は、至急保全措置がなされることを期待しています。

あれこそ、人類の至宝であり、

ツタンカーメン王の黄金のマスクの倍以上の価値

(といっても700億円くらいでしょうが)があるものでしょう。



王の間が閑散としているのは、盗掘にあったせいです。

何もなかったというのは、印象に過ぎません。

すぐ近くのヘテプへレスの墓の副葬品以上の

多くの副葬品が存在していたことでしょう。






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