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パレルモストーン解読について [つぶやき]

パレルモストーンは、そもそも刻まれたヒエログリフがどのヒエログリフなのかという、「見た目の判断」が、ごく一部の人間に委ねられたままで、検証されていないことが問題としてある。


これは例えば古事記で使われている字を読み間違えているようなものだ。
このブログの一回目のジュディで撮影した通気孔内のヒエログリフの解釈と同じだ。あれなど、ヒエログリフとしてすら認識されていない。


次なる問題は、書かれた内容を「わけのわからない訳」のまま放置してあることだ。


「結局意味がわからないんです」という意図がこもってしまうのだが、その半端な訳は、2つの意味で混乱を招く。


一つは、正誤はともかく、はっきり訳出されていないので「いろんな意味に受けとれる」ということである。たとえ誤りだったとしても、はっきりしていれば、判断しやすい。ところが、何種類にも受け取れる書き方だと、検証のための選択肢が拡大しすぎる。


次に、史料への疑いが生じることだ。例えば、パレルモストーンに記載された戦果としての家畜の頭数は、「当然盛ってある」と言われたりしているが、それこそ本当かどうかはわからないのだ。パレルモストーンが事実を正確に記録しているという信頼感がないから、そのような解釈も生まれやすくなる。


私は、こういう考え方をしている。「筋の通らない訳は、訳として世に出すべきではない」と。


パレルモストーンは一級の史料であるから、後にさんざん引用されるのである。


誤った訳よりも、いい加減な訳のほうを、私は警戒する。


私の持つ考えは、パレルモストーンがかなり正確な記録を企図しているというものだ。今でいうと理科年表のような。あれは、そもそもナイルの水位を把握したくて作ったものだ。潮位記録のようなものであり、年代を正確に記録するために、その年にあった特徴的な事象を記録している。

そもそもパレルモストーンが年代記であるということからして疑問だ。年代記にしては、内容が少ない。

あれは、ナイルの水位を全力で調査させたもので、どちらかといえばデータ屋の仕事にしか思えない。

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訳出する際の配慮 [つぶやき]

これは素晴らしい問題提議。

http://55096962.at.webry.info/201111/article_5.html


→「現在位置を確認します」

(「ファイストスの円盤」!!!)



ヒエログリフは絵文字っぽいので

現代人からすると少し稚拙なイメージをもってしまうのですが、

当時の人間にとっては、文字の習得は

大変困難なことでしたから、

大真面目に使っていたものなんですね。



なので、ヒエログリフを現代語に訳すときには、

その辺りへの配慮、

古代エリートへのリスペクトを込めた訳出が必要だろうと

常々思っていました。



たとえばジェル王のラベル。

djer2.jpg

この1段目。


大城道則氏は、これを「場面」だと解釈しています。

アニメーションのような表現として受け取っています。

少々残忍な祭祀の場面だというわけです。



私は、これらは、全て「文字」だと思っています。



1段目右端上は「上エジプトが下エジプトを受け取った」という意味です。

下は殺害の場面ではなく、

「異国人の広範な打倒」

を意味しています。

よくみると、後ろ手に縛られた人物と胸を刺す人物の間に、

台形の四角が見えます。

これは「広大な」「広範な」を意味しています。

残虐な祭祀の場面ではなく、打倒が広範囲に及んだことを示しているのです。



「下エジプト併合の異国人の征伐」


という意味になります。



次の槍のようなもの。

これは三角形と棒を持った人間に分割されます。

棒を持った人間は「貴族」または「役人」です。

三角は、おそらく「用意する」「準備する」であろうと思います。

どこかのノモス、おそらくは上エジプトの出身地のノモスの長が、

記念に献上したのでしょう。




私流の解釈では、


「下エジプト征夷併合記念祭に献上されしトト神の化身ナル王の彫像が、

(ジェフウトより)神殿に奉納されしこと

(実際は、その年であることを指していると推測する。奉納されし年、の意味)」


となります。




「これは、役人が重要な記録をするつもりで書いたものである」

という前提で訳出すべきなのです。










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仮説の貧弱を嘆く [つぶやき]

日本の古代エジプトの専門家は、「英語はもちろん、フランス語、ドイツ語、イタリア語の文献を読み、現地エジプト人との会話、そしてヒエログリフも読めなくてはならない」みたいなことをよく言うようだが、まさにそこに盲点がある。

「そのどこが悪い!」みたいなところ、反論などできそうもないところにこそ、盲点がある。

本来、ピラミッドなどは他の分野が羨むほどの知名度であり、学びたいという人も多いのだが、徒弟制度でやってきた人たちから見ると、彼らは愚かなミーハーにしか見えないようだ。


他言語ができれば、より研究が深まり、素晴らしい経験になるだろうから…みんなそう言うだろう。だが、結果的には、古代エジプト研究へのアクセスのハードルを上げ、険しい道のりを提示することで、ふるいにかける効果として働いていることも確かだ。


だから、言語はできるが、徒弟制度に順応した人ばかりが残る。

ボスたちの論文には詳しいが、「ピラミッドはこう造られたと考えます」と言える人間はいない。

言語はつまり、論文を読むため、発掘を指揮するため、他の研究者とコミュニケーションとるためだが、本当にそれが、古代エジプト考古学の基礎なのだろうか。


「考えること」


は、どこへ行ったのだ。

私には不思議でたまらない。なぜ古代エジプトを専門に時を過ごしてきて、実はピラミッドを避けて通るのか。


なぜ「わからないことをわからないと言うのも科学的態度」といいながら、「でも、自分はこうなんじゃないかとは思っている」という話が出ないのか。

掘って調べてほぼ間違いないことが確認されてから、「実はこうでした」。

私が不思議なのは、よくそれでいられるなあということである。例えば「なぜ重量軽減の間の石材が一面だけ荒削りなのか」みたいなことで、一週間考え続けたりせず、よくいられるものだ。


いや、もっと細かいことに興味があるなら別にいいわけだが、例えば土器をみて交易ルート考えるとか、別にいいわけだが、なんでピラミッド分かったふうな態度だったり、「ピラミッドやるからにはね」みたく偉そうなのだろう。あなたの研究対象ではないでしょうに。対象ならば、ピラミッドどうやって造ったか位は、当然数年考え続けたわけだろう。しかし、何も見えてこない。結局、自分の仮説がないわけだ。

外国のことだから論文大事なのはわかるが、あまりにも仮説が貧弱。だからトンデモ本が出るのだ。


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メル [つぶやき]

「サソリ王のメイスヘッド」と呼ばれている、儀式用の戦闘棍棒の頭部があります。


ここに、私がナルメル王だと思っている人物が描かれています。かの王の手には鍬があり、下には運河らしきものが描かれています。


「メル」とは、この鍬のヒエログリフとrの音を表す口の形のヒエログリフを合わせたものです。

メルには、運河・港という意味があります。


また、以前とりあげたリビア・パレットにも各ノモスの標章である動物が、町の上でこの鍬、つまりメルを持っています。

そしてアハ王のラベルにも王領地と船の間にこのメルが登場します。


メルには、愛するとか、欲するという意味もあります。


そして、字は違うが、ピラミッドを指す言葉もメル。

ナルメル王にもメル。

この言葉が古くには運河や港を超えて「王の建設物」を指すものだったとしたら、謎は解けるのですが。


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ナルメル王の「ナル」 [つぶやき]

ナルメル王のヒエログリフは、ナマズとノミ(大工道具の)なのです。


「ナマズが強そうだから」

「暴れナマズという意味合いだろう」

といった解釈もあるんですが、

同じ音価で、

「牧童」

って意味があったとしたら、

どう思います?


カウボーイ、です。


で、メルは、愛するとか望むとか欲するとか。


理想の牧童、


的な意味の名前だったかもしれません。


もし、そんな名前の人が偉大な王様になってしまったら、

字を変えてもおかしくないですよね。


いや、この件はここまでなんですが。


なんかありそうでしょう?



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ピラミッドの「メル」の意味について [つぶやき]

しばしば「ピラミッドは『メル』と呼ばれていた」

という話を聞きます。

そこまではいいとしても、




その意味は「上る」という意味だ、という説明を聞いたことがありませんか?

だから、ピラミッドは天上世界へ上る装置なのである、

とかなんとか。



しかし、ピラミッドの「メル(mr)」は、

どっちかというと、

「病気」「痛み」

という意味なんじゃないかと。




もしかしてもしかすると、


「アレなやつ」


という意味だったりして。



「王様の病気」「あの痛いヤツ」

といった意味だったら。



そこは何とも言い難いのですが、

古代エジプトというのは期間が長いので、

本当に建設当時にメルと呼ばれていたという保証はありません。

すでに相当の時間を経てからそう呼ばれていただけかもしれません。




じつは、ナルメルのメル(道具の「ノミ」のヒエログリフ)と、

ピラミッドのメルは、同じ意味の言葉だったのかもしれません。

mrの音価をもつ言葉は、大きく分けて4つあり、

ひとつめは「港」「運河」を意味し、

ふたつめは「愛」「希望」「欲望」なども意味します。

みっつめは「病気」「痛み」を意味し、

よっつめが「絆」「結びつき」を意味しています。



私の考えは、




もしかすると「メル」は、時間の経過により、

不吉なものと考えられて、良くない意味で「メル(忌むべきもの)」と呼ばれたか、

あるいは、王が鍬入れした工事によってできたこちにちなんで、

「メル(王が建設せしもの)」と呼ばれたか、

王が与えてくれたものとして「メル(王の思召し)」とよばれたか、

皆で協力したので「メル(我らが絆)」と呼ばれたか・・・


いずれにせよ、とりあえず「上る」ではないように思えます。








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ピラミッドは考古学か歴史学か [つぶやき]

私は某国立大学で歴史学を専攻していました。

ですが、当時のことと、現在やっていることは、ほとんど関係ありません。






ただ、「これはヒエログリフだ」とテキストを探してしまいます。



古代エジプトは考古学の独壇場のように思われているかもしれませんが、

シャンポリオンのおかげで、歴史学の踏み込む余地が生まれました。



第三、第四王朝のテキストは少ないものの、

私は初期王朝時代のラベルやパレットの読み下しを

ヒマがあればやっています。



ヘロドトスのヒストリアエは、紀行文として捉えていて、

参考にはできないと考えています。



私が、いつも大事にしていることは、

「一般常識」です。

ただし、「現代人の常識」ではないですよ。




たとえば、「おじいさんは、若者よりも体力不足で、ランニングは苦手」

セド祭の走行儀礼について考えるときは、そういうことを大切にします。



たとえば、ナルメル王のメイスヘッドのガゼルの囲いの下の波線。

「王の祭儀に使用するメイスに無駄な線など入れない」

そう考えます。だから、波線には意味があるはずだ、と考えました。



たとえば、ピラミッドのブロックの引き上げ方法。

「傾斜路を上ると、自分の体重を持ち上げることにも多大なエネルギーを使ってしまう」

と考えました。



そうやって「一般常識」を大事に考えていくと、

考古学者の見立てや発想が、

発掘された遺物や、似た遺構、似た文化様式などからスタートしているように見えます。



私の少ない経験では、

エジプト考古学者は、ちょっと一般常識が・・・

と感じることが多いんですね。

正直、解釈力に難あり、です。



たとえば、セド祭はどうしてセド祭っていうのか。

これ、私にとっては大問題で、

じつは、かなり時間を費やしたんですが、

そういうことには、どうやらあまり時間を使わない。



ピラミッドの謎とセド祭、

かなり近いところにあるんじゃないか、

そういう発想はあんまりないようです。



掘ったりスキャンしたり、他人の論文読むのに一生懸命で、

一般常識をあんまり使わない。







だからダメなんだよ



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古代人だってピュアではない [つぶやき]

単純な話、みなさんは本当にあの世を信じてますか?


まあ信じている人もいるだろうし、いない人もいる、といったところでしょう。


では、古代エジプトではどうだったと思います?

なんとなく、みーんな死後の世界を信じていたっぽく語られますよね。


私たちも、死ねば葬儀の儀式や儀礼がとりおこなわれるのですが、じゃあ丸々信じているかと問われれば、それは別の話。

葬祭には、現世のメリットがあるんですよね。例えば古代エジプトですと、カーは食べ物を食べるんです。

「あなたのカーのために」など言いながら祝宴にあずかる。つまりカーは生命の原点として、生きていても死んでいても存在する。

その論法は、即ち、継続的貢納を要します。死者に捧げられた食物は、そのまま腐らせたでしょうか?

いえいえ。うまくできているもので、死者は「食物のカー」だけを食べるので「食べ物の抜け殻」は、おいしいうちに葬祭管理団体が召し上がる。

貨幣経済ではないので、富とは穀物や家畜、油や酒の入った壺なんかなんですね。

ウンム・エル・カブなどからは大量の食器が出てきました。


つまり、宗教的儀礼や神話は、そこから始まった影響だけでなく、逆こそ考えねばならない。


現世御利益が宗教儀礼を充実化させ、神話を変えていくんですね。


現代と違うのは、王権と宗教、政治体制と宗教が未分化だということです。

文字や数学を解するエリートは、一方で宗教にも通じている。


決してピラミッドは王の思いつきだけで造られたのではなく、官僚たちの影響もあって造られたわけです。


もし王が強大かつ独裁であったなら、わざわざあちこちの伝統儀礼を守ることもありません。


ヘロドトスの影響もあってクフ王は強大な勢力を持っていたように思われていますが、強大でないからピラミッドを大きくしなきゃいけなかったのかもしれません。


「大人の事情」めいたことが古代になかったというのはおかしな話で、古代人がピュアでなかったことは、受け入れなくてはならないでしょう。

さて [つぶやき]

言っていいものかと未だ逡巡していることがあります。



ピラミッドといえば、太陽神信仰と結びつけることが、

もはや定説と言っても良いほどです。


その理由は、たくさんあります。

まず、ピラミッドは正確に東西南北を指しています。

そして、ナイル西岸に集中し、

東側に葬祭神殿があります。

どう見ても、昇る太陽と関係がありそうです。


次に、ピラミッド全盛期は、

太陽神信仰の盛り上がりと一致しています。

王の名を取っても、

ジェドエフラー、カフラー、メンカウラー、サフラー・・・

ラーの名を持つ王が沢山です。



さらに、第5王朝では、

「太陽神殿」なるものが次々に建設されました。

その一番目立つ建造物は、

大きなオベリスクでした。

頂上部はピラミッドと同じ四角錐です。

太陽神殿は複合施設で、

ピラミッド・コンプレックスとよく似ていました。


さらにさらに、

第5王朝以降に見られる

ピラミッド・テキストには、

ヘリオポオリス神学の影響が色濃く見られます。

ヘリオポリスといえば、ギザにも近く、

一説によれば、

ピラミッドは、ヘリオポリスの創世神話における

「原初の丘」にあった「ベンベン石」を

象ったものだとも言われています。


そのほか、ピラミッドの四角錐は、

太陽光線を象徴しているとか、

奉納された船は、

天に上ったラーとホルスが天空を渡る太陽の船だとか、

ピラミッドこそ神の世界と地上をつなぐ

一種の装置なのだとか、



枚挙に暇がないとはこのことです。




超古代文明のロストテクノロジーや

地球に来訪した宇宙人や

預言を信じる人たちは別として、

いったい、だれがピラミッドと太陽神との関係を否定できるでしょう。



ピラミッドと太陽神の関係を否定すれば、

ワイズマン仮説そのものが、

異端視され、矮小化され、

嘲笑の対象となるかもしれません。



まだ、確証はありませんし、明言できる段階にはありません。


ただ、現時点で、あくまで現時点の予感として私の頭にあるもの。


それは、






ピラミッドは太陽神信仰と、

現在思われているほどは、





関係していない、


というものなのです。



ああ、言ってしまった。



さて、もはや私は学会から限りなく遠い存在になってしまいました。



近日、その理由をお話しします。

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ピラミッドの謎解きをしながら感じること [つぶやき]

ピラミッドの謎解き、とくにギザのそれをしているとき、

常に感じることは、ピラミッドを建設した人々の、

現代に通じる、情熱と、冷徹なまでの技術へのこだわりです。

死後の世界なんて、信じていなかったのではないかと思わせるほどです。



特に指導層はこれが初仕事ではなく、もちろん熟練者であったと思います。

「赤のピラミッド」および

「屈折ピラミッド」

の建設チームが入っていたように思います。

















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