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第54回 「ピラミッドは農閑期に造られたのか? その2」 [時期]

ワイズマン仮説においては、

地下の間の玄室工事が途中で放棄された理由を

「地下水の浸水」

求めています。



地下水の浸水は、

氾濫期に伴う伏流水の増水、

すなわち氾濫期に起きたものであると考えます。



したがって、私の仮説をベースにすると、

ピラミッド建設が農閑期中心であったとは言えなくなるのです。



農閑期(氾濫期)になってから、

「地下水が浸水してきて困った」

という現象に出会っているわけなので、

非氾濫期にも工事が進められていたということになるのです。



ピラミッド建設工事は、おそらく一年中、途切れることなく継続されており、

農閑期のアルバイトではなかった、

と思います。


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第53回 「ピラミッドは農閑期に造られたのか? その1」 [時期]

クルト・メンデルスゾーンは、

イギリスの物理学者で、ヘリウムを初めて液化したことで知られています。

このメンデルス・ゾーンが1974年に、

そもそも「公共事業説」を唱えました。

彼は、非常に多趣味かつ研究熱心だったのです。



その公共事業説、吉村先生も、しばしば公にしています。



その説明の中で、私がひっかかっているのは、

ピラミッド建設は、農閑期の仕事を与えるため」

という説明です。



ご存じのように、ナイルは定期的に氾濫しました。

3~4か月の氾濫期の間、

農民は農地が水に浸かっているために作業ができず、

その暇な時間を活かすためにピラミッドが造営された、

という説明に、私は違和感を覚えます。



「それは、近代農業を念頭に置いているから」

です。



古代エジプトの農耕は、

種を蒔いたらほったらかし、といっては語弊があるのですが、

少なくとも、現代のように日々莫大な作業を行っているわけではありません。

小麦などの種子を蒔く時期は忙しいでしょうが、

その後は、干ばつを気にしたりしつつ、収穫を待つだけ。

かといって、ヒマというわけでもなく、

食料を得るために釣りをしたり、狩りや可食植物の採集などのほか、

家畜を飼っていました。



つまり、氾濫期のときも、家畜の世話という仕事はあったのです。



「氾濫期だけがヒマなのではなく、一年中農耕以外の作業でけっこう忙しかった」

のです。




「古代エジプトの農民は、

たしかに氾濫期の農耕はヒマだったが、

それを言うなら非氾濫期もヒマ。

しかし、農耕以外では一年中忙しかった」


というまとめになります。



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