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パレルモ・ストーンで発見 [パレルモストーン]

パレルモ・ストーンの解釈に間違いを発見しました。

第三王朝ネチェリケト(ジェセル)王の治世4年目の欄です。

古代エジプトでは、大きな建物を建設する際には、

「ひも引き」という祭祀を行っていたようです。

建設予定地に基礎を築くため、

水平をとる必要がありますが、そのためのひもで区画をとるときの行事です。


その対象となる建物は、

神を示す「ネチェル」の旗が三本ありますから、

間違いなく神殿です。

問題は、「誰の神殿か」ということです。

これを解のが隣のヒエログリフ。

現在では、「神酒」をあらわすヒエログリフだと解釈されています。

ですから、英訳では

「リフレシュメント・オブ・ザ・ゴッズ」

「神々の神酒」

となっているんですが、これでは、何がなんだかわからない。



よく見るとですね、線状の弧の出る場所が違うし、

神酒の場合は、ギザギザになるはずなんですよ。

このヒエログリフ、「火」を表すヒエログリフですね、たぶん。

間違いを見つけました。


古いヒエログリフ辞典調べると、

「ネチェル(神)・ペル(家)・ネセル(火)」

というのが出てきました。


「家の火の神」

つまり

「かまど神」ですね。


これ、誰でしょう。


じつは、ペルネセル、出てくるんですよね、パレルモストーンに。

裏側です。

第5王朝のサフラー王が、各地に寄進をしたもののリストの中に、

出てくるんです。



「ペルネセルのワジェト女神神殿」



というのが。



そういえば、ワジェトは火の神だったではないですか。

ということは、

階段ピラミッドを建造した第3王朝ネチェリケト王は、

治世4年目にしてワジェト女神神殿を建造させはじめた、

ということになります。

そして、それはサフラー王の頃にも、かなり重要な神殿でありました。



その場所なんですが、ワジェトといえば、まず第一印象では「ブト」なんです。

古王国時代にワジェト神殿があったということですからブトでしょう。たぶん。

問題は、ブトが2つある、ということなんです。

ジェフウト(トト)と同じパターンです。

今度は、上下エジプトどちらかは、私には判断しかねます。



こうやって、ひとつわかると、芋づる式にわかるのが面白いところです。


これ、そこそこな発見だと思うのですが。

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アビドスの犬 [パレルモストーン]

※錯誤があり、訂正しました。

パレルモストーン第2段第10欄下には、ジャッカルとおぼしき腹這う犬科の動物と、tの接尾語を表すヒエログリフ、「子ども」「生まれる」などを表す「メス」というヒエログリフがあります。


このイヌ科の動物を標章とする町は「アビドス」です。アビドスはメンフィス以前の王のネクロポリスでした。この町の標章は「ケンティ・アメンティウ」という腹這うジャッカルです。後に冥府の神アヌビスやオシリスと習合されました。

このアビドスの守護神こそ、ナルメル王のパレットやメイスヘッド、サソリ王のメイスヘッドに登場する犬科の標章の町です。

そして、です。


最近、初期王朝のあたりに興味をお持ちの方が少ないようで残念ではあるのですが、このあたりの面白さを共有したいものです。


ウプウアウトの別名は、「セド」であったのです。


セド、つまり「セド祭」のセドです。その意味は「尻尾」です。ケンティ・アメンティウやウプウアウトは、守護神としての名で、動物としては「セド」という名の動物であったかもしれません。「おっぽ」という程度の。

私は、こう考えています。セド祭は、古くはアビドスの儀式であったと。セド祭の走行儀礼の際に王が身につける「尻尾」は(ここまで知っている読者はどうか永くお付き合いください)、しばしば牛の尾だと言われてきましたが、犬科の尾である可能性があります。

つまり、メンフィスと言っていい場所であるサッカラにセド祭の施設を内包したピラミッドコンプレックスが建設されたことは、最も古い町アビドスから、新都メンフィスへ、アビドスオリジナルの儀礼さえ移されていた、ということになるわけです。



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王は毎年各地の守護神の子として振る舞った [パレルモストーン]

パレルモ・ストーンの一部を訳してみました。

palermo3.jpg


第一王朝ジェル王の年代記です。

表第2段第7欄即位5年目「下エジプト神域調査認知のため船でお出ましになりし年」

表第2段第8欄即位6年目「セシャト女神の子としてホルス行幸をのため船でお出ましになりし年」

表第2段第9欄即位7年目「マアト女神の子として王が顕現なさりし年」

表第2段第10欄即位8年目「ウプウアウト神の子としてホルス行幸のため船でお出ましになりし年」


どうやら、王は年ごとに、各地の守護神の子として、行幸や調査訪問や祭祀を行っていたようです。


ウプウアウト神の場合、t音が最後につく腹這う犬の姿の神名ですから、とりあえずそうしました。



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