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TBS『世界ふしぎ発見』「スフィンクスの謎 遂に解明」について 2

2つのピラミッドの間に太陽が沈むという「ホルエムアケト」のヒエログリフ。

実際の形はこれです。

N27.gif


河江さんが指摘するほうのヒエログリフは、

もう少し両脇が山のようになっていて、

それが二大ピラミッドであると指摘していますが、

どう見ても、とんがり型のピラミッドではない。



ヒエログリフのことを言うのであれば、

シリウス星をあらわすソティス女神のヒエログリフはどうなのでしょう。

ソペデト(ソティス)をあらわすヒエログリフは、






です。


こちらのほうが、よほどピラミッドの形に近い。


私は、真正ピラミッドの形の由来は、

これではないか、と考えています。



また、前にも書きましたが、

スフィンクスの新王国における呼び名

「ホルエムアケト」は略称です。



正式には

「ホルエムアケト・ケブリ・ラー・アトゥム」です。

ホルエムアケトでは、一部しか表していません。


そのためにだけ、壮大なピラミッドを2つつくるでしょうか。

そして、せっかくつくった2大ピラミッドを、

第三ピラミッドで台無しにするでしょうか。



また、地平線上の太陽である

「ホルエムアケト」は、

サンセットではなく、サンライズです。




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TBS『世界ふしぎ発見』「スフィンクスの謎 遂に解明!」について

8月3日(土)放送のTBS『世界ふしぎ発見』は、

「スフィンクスの謎 遂に解明!」と題して、

日本人考古学者、河江肖剰(かわえ・ゆきのり)氏がナビゲート役で登場しました。



もう何度目でしょうか。「遂に解明」という言葉。

解明されてためしがない。


河江氏は、今でもスフィンクス建造と太陽神信仰の関連性を主張しています。

彼のボスであるマーク・レーナー氏の主張とも重なります。

現状最古のスフィンクス像(の頭部)が、

クフ王の息子ジェドエフラーのものであること。

ジェドエフラーは、最初にラーの名前(サー・ラー名)を使ったこと。

後にスフィンクスが太陽神信仰の対象として新王国時代に信仰されたこと。

スフィンクスが真東を向いていること。

夏至の日には2つの巨大ピラミッドの真ん中に太陽が沈み、

それが新王国時代に「ホルエムアケト」とよばれた、

そのヒエログリフに重なる形であること。

ピラミッド時代であり、ギザのスフィンクス群の直後の時代である

第五王朝時代に太陽神殿がつくられ。

太陽神信仰が本格的に始まったこと。

すぐそばに新王国時代の太陽神(ホルエムアケト)スフィンクス神殿があること。




太陽神との関係を裏付けるかのような理由は数ありますが、

それらをもって「解明」とは、いささか先走りすぎます。

番組のゲストとはいえ、構成から言って、予備知識のない人は、

それが周知の事実だと勘違いします。

番組的にも、吉村作治氏の後継と見られたでしょう。





スフィンクスが東を向いている理由は、太陽とは限りません。

「エジプトはナイルの賜物」

ナイル氾濫によって運ばれた肥沃な土が、エジプトの繁栄を支えていました。

この氾濫は、夏至の日の夜明け寸前に、

東の空からシリウスが昇るときから始まります。



夜空でもっとも明るい星シリウスが昇り、

そのすぐあとで太陽が昇る、

この「ヘリアカル(ヒライアカル)・ライジング」は、雨季の開始であり、

氾濫の予兆であり、

古代エジプトの「元旦」のサインです。

古代エジプトは、「シリウス暦」です。



シリウス星は、古代エジプトでは「ソティス女神」と同一でした。

そもそもの名は「ソプデト」です。

ソプデト(ソティス)は、後にイシスと習合されます。

イシスといえば、冥界の神、オシリスの妹であり、妻です。



シリウスは、オリオン座の近くにあります。

シリウスを探すときは、オリオン座を目印にします。

そのオリオン座は、ギリシア神話由来ですが、

古代エジプトでは「サフ」という男神です。



サフは、のちにオシリスと習合されます。

オシリスが本格的に登場するのは、

第五王朝の末からですから、

オシリス以前には、別の名前の冥界の神がいたはずです。

第四王朝時代のギザにおいては、

冥界の神は「オシリスに習合された神」であったはず。



ピラミッドが王の死と再生に関係していたとすれば、

冥界の神と無関係ではないはず。

その神が「サフ」または、

最初のピラミッドの建設地「サッカラ」の語源でもある

地下の神「ソカル」であった可能性は高いと言えます。



ソカルはミイラの姿をし、その体は星空でした。

ソカルもまた、後にオシリスと習合されました。



つまり、ピラミッドやスフィンクスが東を向いている理由は、

太陽であるかもしれませんが、

シリウス星かもしれないので、

解明されたとは、言えないのです。











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ピラミッドとは何か

私は、所謂「女王のピラミッド」というものは無かったと考えています。
ただし、それは王の配偶者としてのそれであって、自ら付け髭をつけ、王位を正式に継いだ場合は除きます。

では、主たるピラミッドのそばにある「衛星ピラミッド」とも呼ばれる小型ピラミッドは何であるのか。

それもまた、王のもの、だと考えています。

一人の王が、いくつものピラミッドを有するのです。

スネフェル王という好例があり、王が複数のピラミッドを有する例は存在します。


では、なぜ大小のピラミッドを作ったのでしょうか。

それは「セド祭」と関係しています。地域的にもピラミッドの建設の始まりにはメンフィス神学の影響を考えるのが適当です。

セド祭は「王位更新祭」とも訳される祭祀であり、在位中、複数回開催されます。

そのセド祭を区切れとして、ピラミッドが建設されるのです。

まずは、マスタバが造られます。

次に階段ピラミッドです。

その次は真正ピラミッド。

その後は高齢ですから、小型ピラミッドを。


ピラミッドが上エジプトにしかない理由 その2

ピラミッドは、「下エジプトには造らない」ことになっていたように思います。

王の宮殿及び行政施設は、ナイルデルタ南端のメンフィスまでです。

なぜなら、デルタ地帯は河がいくつもの支流に分かれるため、軍事、行政上、下エジプトのいかなる場所へのアクセスも良い場所に拠点を置くべきだからです。


次に、ナイル西岸は、高台となっており、ナイル河の氾濫原の面積は限定的で、農地としての利用価値に乏しい地帯でした。ピラミッド時代は今より砂漠化は進んでいませんでしたし、アスワンダムもありませんでしたが、大量に石を切り出していたことから、緑地帯としての利用価値の低い場所だったと思われます。

私は所謂ピラミッドタウンは町ではなく、作業員の休憩施設兼簡易宿泊所と考えており、周囲にインフラも発達していないことから、市街地としてもあまり魅力のない場所ではなかったかと思います。特にアブロワシュは、住むに適した場所ではありません。


上エジプト優位の荒れ地利用、ではなかったかと考えます。



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ピラミッドが上エジプトにしかない理由 その1

下エジプトには、まともなピラミッドが有りません。その理由として考えられるのは何かと考えてみました。

ひとつの理由は、石材に恵まれていなかったことです。でも、わざわざアスワン辺りからギザまで運んだりしていたわけですから、絶対的理由ではない。


2つめの理由は、地盤が弱いことです。デルタ地帯は洲ですから。しかし、全てがそうではない。だから、これまた絶対的理由ではない。


3つめの理由は、古い時代の王がたいがい上エジプト出身だったから。とはいえ、自分の出身地ではない場所にピラミッドを建設してますから、下エジプトに建ててもいいわけです。


4つめの理由は、そこがひとつの聖域だったから、ネクロポリスだったと。にしては、広すぎる。ネクロポリスが。


5つめは、信仰が異なること。ピラミッドは、メンフィス、サッカラ辺りの信仰地帯のものであった可能性があります。しかし、エレファンティネ辺りはだいぶ遠い。


どれも、理由としてしっくりきません。ピラミッドをラー信仰の具現とする説も根強くありますが、ピラミッドテキストを見てもいろいろ神々が登場しているのにラーだけを格別に扱おうというふしが見られない。


原初の丘だった、というのなら、ポコポコたくさん作ったら、神からすれば、原初っぽくない。


なぜナイル西岸なのか。なぜ北端がアブロワシュなのか。




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二段ずつ

クフ王の大ピラミッドをよく見ると見つけられますが、縦長のブロックが二段にまたがって据え置かれています。

ブロックは、必ずしも一段ずつ積み上げられていたわけではなかったのです。

それにしても、なぜ縦に?


ギザの採石場

ギザの採石場はナイルに面したピラミッドの東側ばかりが取り上げられますが、

だいたいピラミッドは、あちこちの方角から採石されるので、そちらばかりじゃないはず。

特に西側ですね。西側。採石されてると思うんですね。

北側は、もともとデルタ地帯に面していて、浸食されて崖だったわけで、南側は、それぞれのピラミッドの南からちゃんと採石してますが、

注目は、クフです。大ピラミッド、西からも採石してると思いますね。


理由はいつか説明したいと思います。



地層

ギザ台地は、ナイル上流である南からすると、北に向かって石灰岩や砂岩の地層が高くなってます。

例えば、ケンタカウエスの変形小型ピラミッドあたりの地層は、北にあるスフィンクスの頭の周りの地層と一致してます。

だから、スフィンクスの頭周りの地層とカフラーの河岸神殿のコアブロックが一致したとしても、それは必ずしもスフィンクスの頭周りから採石したとは言えず、もっと運び易いケンタカウエスの辺りから切り出した可能性もあるわけです。


すると、スフィンクスとスフィンクス神殿とカフラーの河岸神殿のつくられた順番として、

「頭周りから採石したんだから河岸神殿が一番先でしょうよ」

という理屈は、必ずしも通用しないわけなんです。


明日の『世界不思議発見』

明日の『世界不思議発見』では、ジャン=ピエール・ウーダンの仮説を扱うそうです。


河江さんがなぜこんな仕事に駆り出されているのか理解し難いのですが。

ジャン=ピエール・ウーダンが着目した大ピラミッドの北東角にある切れ込み(ノッチ)。

このノッチは地上84メートルの場所にあります。


大ピラミッドは、もともと地上146.6メートルの高さがあったと言われていますが、これを古代エジプトの単位キュビット(1キュビット≒524ミリメートル)に直すと、大ピラミッドは、高さ280キュビットの設計であったと言えます。


さて、ノッチの高さをキュビットに直しますと、160キュビットになります。


つまり、7分の4の高さです。


私の仮説では、ピラミッドの内部には階段状のピラミッドがあり、それは、ピラミッド建設のために必要だった、ということになっています。1段は40キュビット(約21メートル)です。


ノッチは、下から数えて4段目の段の高さです。

ノッチの部分は、内部の階段ピラミッドと外装石の間を埋めていたブロックの一部が、外装石を剥ぎ取り奪う過程で除去されたもので、ジャン=ピエールの考えたブロックを方向転換させる場所ではないでしょう。


内部傾斜路説がこれほど興味を持たれるのは不思議なことです。

しばらく

執筆にかかっていました。

たぶん、これからまだ数か月はかかりそうです。

更新せずにいた間に、

続けていくつか、重大な発見をし、確信しました。

ワイズマン仮説のメインとなる部分は、それなりに説得力を持つでしょう。

いくつかは修正を要することもわかりました。



ピラミッド建造法に関しては、

長大な傾斜路という説は無いと確信しています。

ウーダンのセオリーも、荒唐無稽です。

ピラミッドの建造は、マシーンではなく、

人力によって、しかも、美しく合理的な方法で建造されました。

聞けば、多くの人が納得するでしょう。




そして、聞かなければ、けっして思いつくことができない。

それは、誰の眼の前にもあるのに。


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